私は親切なベテランさんだけ大切にします

私の気持ち

なんかね、不思議なんです。
ビックリするほど、同じなんです。

というのも・・・

私に意地悪なコメントを送るベテランさんって、みーんな、自身がベテランである事を自己申告するんですよね。

そして・・・

私に親切なコメントを送るベテランさんって、みーんな、自身がベテランであると、伝えてこないんですよ。伝えてこなくてもわかるけど。
何度かやり取りを続けているうちにそういった話題(具体的なヅカ歴など)になる事はあっても、最初のコメントで言い出す事ってホンマ、ないんです。

まぁ、意地悪さんとしては、私を批判するコメントを送っているという自覚があるゆえ、私よりベテランである事を免罪符にしようとしているかもしれません。

前回の記事に対してコメントをいただいたんですけどね、私が

ライトファンの直感であり、
根拠はさしてないし、
私は思い込みが激しい、

と記事内で念押しで伝えているにも関わらず、退団日や公演スケジュールを照らし合わせて否定するコメントが届きました。

きっとね、宝塚に関してかなり、几帳面な方なのでしょう。
私だってすべてにおいてダラではなく、リアル生活では神経を集中して几帳面に取り組んでいる事もあります。
そして、自分がとても几帳面に取り組んでいる事に関してダラな人を見つけると批判し、責めたくなり、実際にそうした事もありました。
自分が真面目に、几帳面に取り組めば取り組むほど、「相手には相手の都合や価値観がある」という思考にならなかったんです。

だから私は、方向性は違うけれども「几帳面」というところでこのコメント送り主にシンパシーを感じ、お互い幸せを探していこうと返信で伝えたつもりでした。
でも抽象的すぎたのか、追加のコメントが来たんです。
もうね、掲載はやめておきます。もうね、返信するの、面倒なんです。

先のコメントで、もっとハッキリ伝えれば良かった。

私にとっては、宝塚は、几帳面の対象ではありません。
直感で、さして根拠がなく、思い込みで良い、ダラなお付き合いの対象なんです。
ゆえにブログ記事も、そんな感じになります。

って。

こんな私でも、「これはあまりにも無知過ぎた・・・」と反省する事はあります。
過去の記事には、自分で書いたにもかかわらず「こりゃないだろ」って恥ずかしくて、穴に隠れたくなるようなものもあります。

宝塚にダラな私が、どうして反省したのか。
それは、親切なベテランの方々が優しく教えてくれたからです。
私は、優しくしてくれた方々の言う事は、けっこうすぐに取り入れているつもりです。

優しいベテランさんは、初心者の過ちを寛大に許して流し、あまりにもダメなところは丁寧に解説してくれます。私は今後もそうゆう方々を大切にします。

そして・・・

しょっぱなから自分が私よりベテランであり宝塚をより深く理解しているとアピールし、追撃のコメント(非承認のままです)では自分が私より幸せな宝塚ライフをすごしているとアピールした上、

批判しておきながら馴れ馴れしくも絵文字を使ったりする方は、大切にしません。

「これからはコメントを控えますね」とあるけれど、そもそもまず、この追撃のコメント(繰り返しますが非承認のままです)を控えるべきだったと私は思いますし、
今後、コメントだけではなくこのブログに来る事を控える方が、お互いの幸せにつながるような気がします。

コメント

  1. 関西の、たー 関西の、たー より:

    Fから始まるお名前でコメントくださった方へ。
    「こちらは公開しなくても大丈夫です」との事で公開しても良いのか、ダメなのかわからず、それでもどうにか感謝の気持ちを伝えたくて、お返事という形ではなく私単独のコメントをさせていただきました。
    とても嬉しい、ありがたいコメントでした。本当にありがとうございました。
    今後もどうぞよろしくお願いいたします。

タイトルとURLをコピーしました