芹香斗亜、父親の経歴

ジェンヌさん

前回に続き、芹香斗亜さんの事を書いていきます。夫は大の野球好きで、芹香さんの事を、プロ野球選手だった山沖之彦さんの娘、と認識しています。自宅で夫婦でブルーレイを見ていても、

キキって背が高いね。

山沖の遺伝だな。ものすごく背の高いピッチャーだったからな。

ピッチングフォームが独特だった。背の高さを生かしてな、上から振り下ろすような感じでな、(以後省略)

といった感じで、すぐにお父さんの話に持っていくし、

大劇場で観劇した感想を述べても

今日も大劇場満席だった!

大劇場には何人入るんや?

(調べて)2550人だって!すごいね!

甲子園球場には5万人が入るねんで。阪神巨人戦や、甲子園(高校野球選手権大会)の決勝ではその5万席が満席になるんや。そうそう山沖は選抜(春の甲子園)のエースやったんやで。

と、やっぱり、芹香さんのお父さんの話に持っていきます。ちなみに甲子園球場の正式な収容人数は47,808席でした。

私は野球はちんぷんかんぷんですが夫があまりにも芹香さんのお父さんの話をするので、まとめてみる事にしました。

芹香斗亜の父、山沖之彦

一流ピッチャーだった

そんな野球好きな夫の視点で山沖さんの事を端的に表現すると、

「阪急ブレーブスで大活躍したすごい、一流ピッチャーだった」

との事。

191センチの高身長

先も述べた通り長身(191cm)の高長身を生かした独特のピッチングフォームだったそうで、野球好きなら忘れないそうです。

芹香さんも背がスラリと高いですよね。公称身長173cm。2014年エリザベートで、明日海りおさん(公称身長169cm)トートと並んで、「闇が広がる」を歌う場面では芹香さんの方が4cm差とは思えぬほど高く(というか大きく)見えます。

以下に、簡易ではありますが山沖さんの経歴を年表にまとめました。

山沖之彦の経歴

1977年(18歳)高知県立中村高等学校野球部のエースとしてセンバツ(春の甲子園)準優勝。

1981年(22歳)専修大学を卒業後、阪急ブレーブスへドラフト1位で入団

1983年(24歳)15勝

1984年(25歳)11勝 リーグ優勝に貢献

1987年(28歳)19勝 パ・リーグ最多勝で表彰される

1989年(30歳)11勝 阪急ブレーブスが身売りし、オリックス・ブルーウェーブに

1990年(31歳)13勝

1991年(32歳)9勝

1993年(34歳)1勝 肩を怪我(「肩」は夫の話です)

1994年(35歳)7勝 怪我を克服した、と判断され阪神が獲得するきっかけに(夫の話)

1995年(36歳)阪神にFA移籍 怪我の影響で登板なし(一度も試合に出ていない)のまま自由契約

「10勝以上する事はすばらしい」

夫いわく、プロ野球選手のピッチャーが10勝するというのは、すごい事らしいです。 なので87年の19勝というのは超・超・超すごい事らしく、「パ・リーグ最多勝に輝いた」というのもそのすごさを表しているとの事。

「通算112勝は素晴らしい」

で、「通算112勝」は、かなりの一流ピッチャーだそう。200勝には届かず名球会には入れなかったそうですが、200勝以上あげて名球会に入っているピッチャーはたった、17人(2020年1月現在)。条件を半分以上クリアした山沖さんのすごさがわかるというものです。

自由契約は夫いわく、所属している球団から「もううちにいなくていいよ、どこの球団と契約しようとも自由だよ」という意味だそうで、短くまとめると「解雇」になります。

春の選抜で準優勝

高知県立中村高等学校野球部のエースだった山沖さんは1977年の選抜で準優勝しています。選抜とは春の甲子園。この時に優勝したのは和歌山県立箕島高等学校です。箕島高校はたくさんのプロ野球選手を輩出していて、有名なOBは東尾修さん。東尾理子さんのお父さんですね。251勝あげて、名球会入りされてます。

土井正三監督との確執

山沖さんは1990年に就任した土井正三監督とウマが合わなかったそうです。そして土井監督はイチローこと鈴木一朗さんの「振り子打法」を批判し「イチローを見いだせなかった監督」と評価されているようです。これはネットですぐ出てきます。

で、その事を夫に言ってみると「土井は監督になる前、ものすごい選手だったんや」「イチローの事ばかり言われるのはおかしいんや。土井は・・・」と今度は、土井さんがいかに一流の選手だったか、の話になり、野球トークが終わりません。

趣味をわかり合える夫婦に

これまでの私は夫のこういった「直接の知人、友達でもない人たちについて詳しい」というところが全く理解出来なかったのですが、宝塚を好きになってからは「直接の知人でも友達でもないけれどジェンヌさん達について知りたい」という気持ちが芽生えました。自分でも驚きです。

夫が「出張先でも必ずタイガースの試合をチェック出来るように」とインターネットの有料配信サービスを契約した時は「そこまでする?」って思いましたが、今は私もタカラヅカ・オン・デマンドプレミアムの契約をしていて、おあいこ。

娘の事しか共通の話題がなかった夫婦ですが、宝塚をきっかけに、娘が巣立った後もお互いの趣味を理解し合える夫婦になれそうです。

追記 芹香斗亜の母校に行ってみた

芹香斗亜さんの母校、神戸海星女子学院中学校に行ってみたので、良ければ読んでやってください。近くを通っただけですがすごく嬉しかったです。新幹線の新神戸駅に近いです。

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