七月大歌舞伎(大阪)感想 79歳仁左衛門の「俊寛」は奇跡だった

歌舞伎・芸舞妓

うわぁぁぁ~
にざ様すげぇぇぇ~
ド整形級メイクぅぅぅ?
79歳なんて信じられない、49歳に見えるわっ!

ちゅーかにざ様、やたら背が高いねっ!
シュッとしていてプロポーション抜群やんかっ!

き、奇跡の・・・奇跡の79歳やっ!!!

継続して私のブログに来てくださっている方なら、タイトルにまで「奇跡」を練り込んで役者を褒めるなんてレアレアである事にお気づきだと思います。
そうせずにはいられないほどに良かったです、片岡仁左衛門さんの俊寛。

にざ様は大阪松竹座での「七月大歌舞伎」の夜の部のみ登板するとの事で行ってきたんですが、本音では、あまりにも評価が高いので自分の目で「そうは言っても79のおじいちゃんやん」と確認したかったんです。
ところがにざ様は登場するなり49歳に見えるビジュアル。
私はアホですねぇ、たった1度、去年12月に吉例顔見世興行の「松浦の太鼓」でにざ様を拝んだだけのくせに、にざ様のすべてを知ったような気になっていました。
松浦候は現役を引退した高齢の役だし、お芝居の間ほぼずっと座りっぱなしなんですよ(終盤では馬に乗るけれど)。なのでにざ様を「まんまおじいさんの顔」と思ったし、高身長ぶりや絞ったプロポーションぶりは全くわからなかったんです。

俊寛のにざ様は凄かったぁ~
マジで若々しくて精悍なお顔つき&高身長でシュッなプロポーション。島流しに処されて3年、どうにか糊口を凌いでいるタイトルロールになりきっていたんです。
しかも開演早々のご登場!
歌舞伎は主役がなかなか登場しないのがデフォなのに、「俊寛」のにざ様は「アウグストゥス」の柚香光さんに並ぶほどに出番が早かったです。

でもってストーリーもまた、別の意味で凄かった。
タイトルロールが・・・
孤独と悲しみに絶望して、
ほぼ発狂しつつ、
死に向かっていく姿を晒して、
そして、



終わり。
ちーん。

とにかくタイトルロールがやたらアンハッピーエンドです。幸せなラストを迎えるプリンシパルが複数いるだけに余計にタイトルロールの残酷なアンハッピーエンドが強調されます。

これ、近松門左衛門なんですね。
イヤホンガイドは近松を「東洋のシェイクスピア」と表現していたけれど、それだと「ロミオとジュリエット(シェイクスピア)」と「冥途の飛脚(近松)」のような「心中」を想像しちゃいません?
俊寛は心中じゃなく、ひとり絶望の中で寂しく死を迎える事を予想させつつ幕が降りるんですよぉぉぉ。実際に絶命するシーンはないけれどそれゆえむごいんです、観客それぞれ俊寛がどんな死を迎えるかいろんな想像をしちゃうから。

私なりの解釈で「俊寛」をご紹介しますと

ベースは平家物語。平清盛の怒りに触れた俊寛(にざ様)は仲間ふたり(松本幸四郎さんと嵐橘三郎さん)と3人で島流しになり3年が過ぎました。島は物資に乏しく3人とも生きるのがやっとです。それでも幸四郎さんは島で出会った海女(片岡七之助千之助さん←7月14日追記:お問い合わせより間違いをご指摘いただきました。自分でも信じられないような凡ミスで恥ずかしいです、謹んで訂正させていただきます。)との結婚を決意し、ささやかな祝言をあげます。にざ様は幸せそうな幸四郎さん千之助さんを眺めつつ、故郷で暮らしている妻を想うのでした。
島流しは基本的に無期懲役ですが、恩赦を知らせる船がやってきます。これで島流しになった3人と千之助さんを合わせた4人で島を出て幸せになるはずでした。しかし悪徳役人の意地悪のせいで4人は苦しむ事になります。善良役人の菊之助さんは格が上でありながら解決の役には立ちません。
しかもなんと、にざ様が再会を願ってやまぬ妻はとっくに打首になったと悪徳役人が言ったのです。絶望の淵に立たされたにざ様は悪徳役人を手に掛け、仲間ふたりと千之助さんを船に乗せて満面の笑みで見送りひとり島に残りました。

満面の笑みで船を見送るにざ様・・・そう、ここで終われば「俊寛は本当に立派な人だった」なんですよね。もともと高名な僧侶だったらしいし。
けどね、ここからが名シーンなのですよ。
にざ様は船が見えなくなるなり、とにかく騒いでわめき散らします。海に見立てたスッポンに入ってじゃぶじゃぶしたり、岩山に登って叫んだり。
皆の前ではあたかも3人の幸せを心から願っているテイだったけれど、ひとりになると「本当は俺も船に乗って地獄のような島から脱出したかった」の感情をむき出しにしました。
この時のにざ様がそりゃあもう、迫真の演技で。泣きはらして叫んでいるんですよぉ。汗だったのかも?なんせ私が涙してしまい舞台が見えにくくなってしまって。

「ムーラン・ルージュ」を観劇した際(感想記事はこちら)は井上芳雄さんの腕の中で死にゆく望海風斗さんを拝んでいてもちーっとも泣けなかったんです。周囲はしくしく、すんすんだったのに。
なのににざ様のラストシーンには目から鼻から涙が出ていました。
にざ様の「絶望」と「孤独」ぶりが私の心にダイレクトぐっさりで・・・

歌舞伎なのでカーテンコールもなく、にざ様がひとり、顔を歪めて苦しみぬいたまま幕が降りておしまい。
私は立ち上がる気力もなく座席で放心状態になっていたのですが、何気に腕時計を確認すると、

まだこんな時間?
16時開演ですから、ほんの1時間15分のお芝居だったんですね。
観劇後のヨロヨロぶりは和希そらさんの東上、休憩を入れて3時間近くあった「心中・恋の大和路(感想記事はこちら)」を上回る勢いだったかと。

でもね!
ちゃーんと2幕で埋め合わせするようになっていました。
そういえばそういえば、去年の七月大歌舞伎も「近松のアンハッピーエンドもの&コメディ」の組み合わせでした(感想はこちら)。

今年のコメディは「吉原狐(よしわらぎつね)」です。
登場人物が多くて賑やかで楽しく、まぁその言ってみれば「贅沢な松竹新喜劇」かも。
トップ娘の中村米吉さんがちゃきちゃきの江戸の芸者(イヤホンガイドによると江戸は「芸者」で京都や大阪は「芸鼓」らしい)をテンポ良く演じていました。
しかも「高齢の役者が若い美男子や美女を演じる、歌舞伎あるあるなキャスティング」がない。高齢で肥満体な中村鴈治郎さんも、その弟のシワシワな扇雀さんも、吉原狐では年齢やキャラに合った役を演じていました。この兄弟が若いカップルを演じるのはやめて欲しいと切に願っていた私としては有り難かったです。

でね、鴈治郎さんは案外、声が良いんですよね。扇雀さんは若干シワっぽい声だけど聞き取りやすい。
そして鴈治郎さんの息子さんの壱太郎さん(現在は歌舞伎座で出演中)も、扇雀さんの息子さんの虎ノ介さん(吉原狐の2番手娘)も、少なくとも私の耳には聞き取りやすい声なんです。
どうしてしつこく声の話を続けるかってそれは、若手歌舞伎役者の中でもとりわけ美形と褒めそやされている市川染五郎さん(18)の声がどうにも、私にはフィットしないから。
「吉原狐」はトップ娘と2番手娘がハッキリしているのに男役の順位がモヤついているんですが染五郎さんは間違いなくプリンシパルなんです。で、私にとっては「とりわけ美形」ってほど美形には見えないし(中村隼人さんの方がイケメンに見える)、何より声質が好みじゃないんですね。私の耳には聞き取りにくいんですよ。
でもってこの(私にとって)苦手な声質が父親の松本幸四郎さん(50)、そして祖父の松本白鸚さん(80)と(私の中では)3代続いています。
私の中では「声質は遺伝する」が確定しちゃいましたよ。繰り返しますが私の中では、ですよ。

というわけで、
1幕の「絶望にざ様」にヨロヨロだったメンタルも2幕の賑やかコメディで元気になり気持ちよく大阪松竹座を後にする事が出来ました。
とかいってコメディは1度観たらお腹いっぱいなのに対して「絶望にざ様」は再び拝みたい気持ちがあったりします。大阪松竹座には一幕見席がなくて残念です。

にしても大阪松竹座はボロくて暗いなぁ。
ほんの10日ほど前に歌舞伎座を初体験した(感想はこちら)だけに余計に、劇場としての魅力の格差を感じてしまいました。

イヤホンガイドにしたって、

歌舞伎座の方が新しい端末を使っているし。

私の経験の限り大阪松竹座の3階席でしか見た事のない、透明な板もホンマ苦手です。1列目だと舞台すべてを板越しに観劇する事になりますから。知らずに「最前列」と期待して1列目に座った観客が板を避けようと前のめりになりがち(=2列目以降の観客の邪魔になる)なのもホンマ、大阪松竹座3階席アルアルです。
何となく撮影した1枚ですが、絶望にざ様がじゃぶじゃぶしたスッポンが写っていました。
スッポンは基本的に人間離れした存在(妖怪など)がせり上がってくるためにあるんですね。なのにガッツリと人間の業まみれな絶望にざ様がスッポンを海に見立ててじゃぶじゃぶしているんですからそりゃあインパクトありありでした。

正直、夫が埼玉に単身赴任している間は歌舞伎座に行きやすいんだから、関西では南座だけで良いかも?な気持ちがありました。それほどに大阪松竹座は苦手だったけれど、にざ様が来てくれるのなら文句なんぞこぼさず来年以降も拝みに行きたいです。

言っても仕方のない事ですが30年、せめて20年前からにざ様を拝んでおきたかった。
たかたまの全盛期を拝んでおきたかった。
美貌と高身長に恵まれたふたりがどれほどに貴重な存在だったか、私はやっと理解しました。

コメント

  1. こんちゃん より:

    関西の、たー様

    いつも楽しみに拝読しております。ライビュ専科の地方民です。

    たー様の記事で興味を持ち、「歌舞伎オンデマンド」を調べてみると「俊寛」を松本白鴎さんが演じた上演の配信があったので視聴しました。

    なんと、外国の方向けの英語解説付きの演目の一つに選ばれておりました。

    「俊寛が乗るは弘誓(ぐぜい)の船、浮世の船には望みなし」と言うセリフに「私が乗るのはこのライフのシップではなくブッダのパラダイス行のシップです」とか英語で解説する、外国の人向けにしてはずいぶん渋いラインナップだなあと思いましたが、

    見てみると、これは異なる文化の国の方にも普遍的に刺さる話だなあ、さすが日本のシェイクスピアだと思いました。

    舞台は絶海の孤島の海岸のみ、舞台上で経過する時間も上演時間とあまり変わらない、ほんの数時間の話でしょう。

    その間に、わびしい流刑ライフだけど祝言とはめでたいなあ、からの、都からの船到着、期待したのに自分だけ恩赦なし、かと思えば追加で恩赦、なのに妻は殺されていた、なら自分は残る、でもやっぱり都が恋しい!

    限定された場所と時間の間に巻き起こる、俊寛の目まぐるしい心の嵐に焦点を当てて終幕へ突っ走る展開が見事ですね。ほんの4日の間に出会って死へといたるロミオとジュリエット並みに密度が濃い劇展開だと思います。

    そして、船を大学とか、会社の出世競争とか、家族の平穏とか、健康とかに置き換えれば、人間は誰だって「乗れると思った船に乗れない」時が来る。俊寛は私だ、と思う時が来る。

    終幕、船が出てからの、花道に青い布が寄せ、床の白い布を引くと舞台にどんどん海が迫って、岩山がぐるりと回って客が船側から俊寛を見る視点になる演出も凄いですね。

    この話には後日談があり、都へ行く船はブッダのパラダイス行のシップではなくて、都では平清盛が後白河法皇と対立しており、千鳥は清盛が法皇を海に突き落とすところに居合わせてしまう。

    千鳥は海女なのでとっさに法皇を助けるが、清盛に殺されてしまう(清盛が最期は熱病で苦しみぬいて死ぬのは、俊寛の妻東屋と千鳥の祟りでした、という設定に繋がるそうです)

    千鳥の「鬼界ケ島という名の島だが鬼はいない、鬼がいるのは都だ」というセリフはこの伏線だったのですね。

    • 関西の、たー 関西の、たー より:

      こんちゃんさん、歌舞伎オンデマンドで俊寛を観たんですね。「The Priest Shunkan」ですかぁ~
      登場人物が少ない、上演時間が短い、そしてこんちゃんさんのおっしゃるとおり舞台上で経過する時間も上演時間とあまり変わらない、密度の濃いストーリーだと思います。

      「俊寛が乗るは弘誓(ぐぜい)の船、浮世の船には望みなし」なんて言ってたんですか~、きっとにざ様も言ってたんでしょうね。イヤホンガイドを使うとストーリーをつかみやすいものの役者さんのセリフを聞き飛ばしがちになってしまいます、イヤホンガイドの解説に頼りっぱなしになっちゃって。

      人には「私が乗るのはブッダのパラダイス行のシップです」なんて言い切ったものの、ひとりになると地獄のような島で死を迎える孤独と絶望に苦しむ俊寛・・・
      私達はたとえ罪を犯しても島流しにはならないけれど、他人には強がりを言っても自分の本心では苦しむ事ってありますから俊寛の様子は他人事ではないんですよね。
      相変わらず人間界には鬼があちこちいますしね・・・
      ホンマ、こんちゃんさんのおっしゃる通り「異なる文化の国の方にも普遍的に刺さる話」なんですよ。はい、イヤホンガイドは「東洋のシェイクスピア」と言ってましたが「日本のシェイクスピア」が正しいと私も思います。

      船が出てからの演出も良いですよね、上手側に船が着港・出港するだけかと思っていた舞台が急に動くので。
      とにかくラストが想定外でした。不意打ちされた事もあり私は涙したのかと。泣けなかったムーラン・ルージュは、サティーンが死ぬ事はわかっていたし「おおかたこんな死に方だろう」と想像していたまんまだった。だけど俊寛のあのラストは想定外過ぎました。

      へー、後日談があるんですね。
      千鳥は清盛に殺されるんですか~、歌舞伎界では清盛は薄情な人間扱いなんですね。だけどやった事を忘れていないから死を迎えるにあたり千鳥と東屋が脳裏に浮かんだのでしょうね。そのあたりも歌舞伎になっているなら観てみたいです。

      配信では俊寛を白鴎さんが演じたそうですが、成経は(私が観たのと同じ)幸四郎さんだったんですね。配信の幸四郎さんどうでした?大阪松竹座での幸四郎さんはちょいとふっくらしていてお肌ツヤツヤで、とても「島流しになり食うにも困る3年をすごした」ようは見えませんでした。
      あと配信のキャストで気になったのが千鳥を演じた雀右衛門さんという方。かなり高齢ですね、大阪松竹座では千之助さんでしたから若く美しかったです。自死しようとする千鳥を引き止める俊寛が「孫&爺」で、しかもどちらも美形だからサマになっていました。
      配信では歌舞伎あるあるの罰ゲームキャスティングがあったようですが大阪松竹座では1幕も2幕も年齢相応だったんです。松竹も必死なのかも?高齢の役者が若い(しかも美しい)男女を演じていれば新しい客をゲットするのは難しいでしょうから。

      いつもありがとうございます。
      今後もどうぞよろしくお願いいたします。

  2. GIN より:

    こんばんは。

    歌舞伎、私は高校生の時の学校行事で一度だけ国立劇場で観た事ある程で、有名な役者さんの名前と顔を知っているだけの状態です。
    なので片岡仁左衛門さんは「OGの汐風幸さんのお父さん」という認識なんですよ(^_^;) 
    汐風さんが「心中・恋の大和路」で忠兵衛を演じた時に所作の指導にきて「息子が演じてない役を娘が先に演じる」という感じのコメントをされた歌劇誌を読んだのを記憶しています。父親の当たり役を娘が演じるなんて宝塚であってもない事でしょうね。

    歌舞伎は敷居が高そうですが、先日レポされていた一幕見席やイヤホンガイドの使用で少しは気持ちを楽にして観る事が出来そうですね。

    • 関西の、たー 関西の、たー より:

      GINさんは学校行事で歌舞伎を観たんですね。イヤホンガイドはありました?なかったのでしたらそりゃあ、つまらなかったでしょうね。初心者にイヤホンガイドなしで歌舞伎なんて苦痛でしかありません。
      どうせなら宝塚観劇の方が良いですよね。大劇場に学生の団体予約が復活しているようで嬉しいです。

      はい、仁左衛門さんは汐風幸さんのお父さんなんですよね。汐風さんが忠兵衛を演じる事になりにざ様も嬉しかった事でしょう。にざ様の息子さんの孝太郎さんがやる事はまずないかなぁ、一応、歌舞伎役者は立役も女形もやるという事になっていますが、孝太郎さんは女形専門(それも美女タイプではなく別格タイプ)のように思います。

      歌舞伎って敷居が高いと思いますよね。実際、重くてしんどい演目もありますし。宝塚ファンが「心中・恋の大和路」を観たらそりゃあ、歌舞伎を苦手に感じて当然ですよ。だけど楽しい作品もあるんですよ。
      あと宝塚の演出には歌舞伎のパクリもあり「真正面を向いたままの殺陣」がまさにそう。ただしフォーメーションは「左右対称が多い宝塚」と「絶対に左右対称にはしない歌舞伎」の違いがあります。
      宝塚と歌舞伎をどちらも観る事によってさらにどちらもますます好きになる相乗効果があるんですね、少なくとも私にとってはそうです。
      歌舞伎の「高齢役者が若い美男子や美女を演じる罰ゲームキャスティング」はどうにも苦手でしたが、今月は歌舞伎座でも大阪松竹座でも年齢にフィットした安心キャスティングでした。
      いつもイヤホンガイドの解説は親切丁寧だし、歌舞伎座だけではあれ一幕見席も復活したし、安心キャスティングだしで、松竹が既得権に甘えきらず本気で歌舞伎を存続させるべく努力している事が伝わってきます。
      私は今後も歌舞伎観劇を続けるつもりですのでその際は感想を記事にしますね。読んでいただけると嬉しいけれど強要はしないし、GINさんに歌舞伎観劇を強要する事もありません。自分がどんな選択をするかはGINさんご自身で決めたらいいんです。

      いつもありがとうございます。
      今後もどうぞよろしくお願いいたします。

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